松代城跡:長野県長野市松代町松代
松代城(まつしろじょう)は、1560年頃に山本勘助(武田氏家臣)によって築城されたとされている平城です。海津城、貝津城、茅津城、長野城と呼ばれることもあります。
武田信玄と長尾景虎(上杉謙信)との争いの中で、武田氏の最前線基地かつ一帯の支配拠点として築かれました。1561年の川中島の戦い(第四次)では、城代の春日虎綱(高坂昌信)が謙信の出陣を察知して信玄に報じ、信玄が本隊を率いて入城するなど、重要な役割を果たしています。
武田氏滅亡後に織田氏→上杉氏→豊臣氏→徳川氏と支配者が遷移した末、1622年に真田信之が入城、真田氏の居城として明治維新を迎えています。
西の千曲川と北・東・南の山に守られる天然の要害に築かれた輪郭式の平城で、千曲川を外堀に利用(後に千曲川の流路が変更されて独立)するなどして大規模な水堀を巡らせています。武田氏による築城の代表の一つと言われています。
現在では松代城跡として復元されており、太鼓門・太鼓門前橋・北不明門などの復元建築物や天守台などを見られます。桜の名所としても知られています。
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