三草山城跡:兵庫県加東市上三草
※口池から徒歩で40分程度
三草山城(みくさやまじょう)は、築城年・築城者不明の山城です。
まだ城がなかった1184年、三草山の戦い(源義経が平資盛ら平氏方を夜襲で破った戦い)で戦場となっています。
建武年間(1334年~1338年)頃には赤松出羽守則友が城主を務めていた、と伝えられています。
1441年の嘉吉の乱(室町幕府将軍の足利義教が赤松満祐に暗殺されたことに始まる動乱)で満祐追討軍に参加して戦功を挙げた赤松満政が、乱平定後に山名持豊(宗全)と対立し圧迫される中、1444年に三草山城に籠もって戦ったものの敗れて逃げ延びました。
播磨平野を瀬戸内海まで一望する三草山の山頂から南の尾根伝いに築かれた山城で、播磨・丹波・摂津の国境付近に位置しています。
現在では登山道が整備されており、石垣や土塁などが遺構として残っている他、石碑や「源平古戦場(三草山)」の説明板が立てられています。