箕輪城跡:群馬県高崎市箕郷町東明屋
箕輪城は、1512年に長野業尚によって現在の高崎市箕郷町東明屋(みさとまち ひがしあきや)に築城されたとされている平山城です。
戦国時代末期には武田信玄に度々攻撃され、長野業正が上杉謙信の支援の下で撃退していましたが、業正の死に乗じた武田軍の攻撃によって1566年に落城しました。
1582年に武田氏が滅亡すると織田氏家臣の滝川一益が入城、しかし本能寺の変の後に神流川の戦いで北条氏直に敗北、さらに1590年の豊臣秀吉の小田原征伐に際して前田利家・上杉景勝に攻め落とされました。これに伴って城主となった井伊直政によって改修されたものの、1598年に直政が高崎城に移ると共に廃城となりました。
榛名白川の河岸段丘に築かれた梯郭式の大規模な平山城で、西側の榛名白川と南側の榛名沼を天然の堀として利用しています。
現在では本丸跡に石碑と解説板が設置され、土塁・空堀(大堀切)・井戸などが遺構として残っている他、角馬出西虎口門が復元されています。
国の史跡