名胡桃城址:群馬県利根郡みなかみ町下津城平
名胡桃城(なぐるみじょう)は、1579年に真田昌幸によって築城された山城です。小田原征伐のきっかけとなった城としても有名です。
後北条氏から沼田領を奪取するに際してここを前線基地とすべく、武田勝頼の家臣の真田昌幸が近隣の名胡桃館(1492年に沼田氏が築城)を攻略し、その隣にこの城を築きました。武田氏滅亡後には、沼田城の有力な支城として後北条氏撃退に貢献しています。しかし後北条氏に調略で奪取され、この際に城代の鈴木主水(鈴木右近の父)がその責で自刃、豊臣秀吉が介入するも後北条氏は返還を拒否します(名胡桃城事件)。この事件をきっかけとして起きた豊臣秀吉の小田原征伐によって後北条氏が滅亡すると、廃城となりました。
利根川と赤谷川の合流点に当たる河岸段丘に築かれた連郭式の山城で、関東の城らしく石垣を使用しない土の城です。
現在では、三日月堀や土塁などの遺構が残っている他、名胡桃城址案内所があります。
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