二条城:京都府京都市中京区二条城町
二条城は、1601年に徳川家康によって築城された平城です。元離宮二条城、旧二条離宮、恩賜元離宮二条城と呼ばれることもあります。徳川将軍の城として、また皇室の離宮として有名です。
1600年の関ヶ原の戦いで徳川家康が勝利した後、家康の上洛時の宿所として築かれました。
1611年には徳川家康と豊臣秀頼の会見(二条城会見)が行われましたが、1614年に大坂冬の陣が勃発すると徳川方の本営になりました。
1615年には、徳川家康・徳川秀忠・二条昭実(元関白)の連署の下に、この城で公家諸法度が公布されました。1624年から改修(寛永の大改修)を施されて、1626年に後水尾天皇の行幸(寛永行幸)を迎え、1634年には徳川家光が上洛して入城しています。
1863年には、上洛した徳川家茂が、家光以来久々に入城しました。1865年に再び入城した家茂が翌年に亡くなると、一橋慶喜(徳川慶喜)が将軍拝命の宣旨を受け、1867年には徳川将軍の居城とされて、大政奉還の上奏が行われました。
1884年に宮内省所管の二条離宮になると、明治~大正にかけて離宮や迎賓館としての役割を与えられた他、即位礼などの式典にも用いられました。1939年に京都市へ下賜されて、現在に至ります。
築城時点では単郭式の平城で、寛永の大改修によって本丸の四方を二の丸で囲む輪郭式に変わっています。東・西・北の各辺に1つずつ大手門が設けられています。初代の天守閣は、郡山城からの移築とも言われており、寛永の大改修で淀城に再移築されました。2代目の天守閣は伏見城から移築されたものです。
現在では元離宮二条城として一般公開されており、東大手門・東南隅櫓・二の丸御殿などの建築物が現存し、天守台などの遺構が残っている他、庭園や本丸御殿(桂宮御殿を移築したもの)があります。
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