野田城址:愛知県新城市豊島本城
野田城は、16世紀初頭に菅沼定則(野田菅沼氏の祖)によって現在の新城市豊島本城(しんしろし とよしまほんじょう)に築城された城です。三河野田城、根古屋城と呼ばれることもあります。武田信玄が攻め落とした最期の城として知られています。
野田菅沼氏は、戦国時代後期には松平氏(後の徳川氏)の家臣として今川氏の傘下にありました。1560年に桶狭間の戦いで今川氏が敗れると、翌年に城主の菅沼定盈が離反するも、今川氏の攻撃を受けて退却、開城しました。しかし1562年には定盈によって奪還されています。
1573年、三方原の戦いで勝利して勢いに乗る武田信玄の大軍に包囲されて水攻めに遭い、1ヶ月の籠城の末に降伏して開城しました(野田城の戦い)が、間もなく信玄が死亡し(この戦いの際に狙撃されたことが死因になったとの説あり)、翌年には菅沼定盈が城主に返り咲きました。
1590年、徳川家康の関東移封に菅沼定盈も随伴し、廃城になりました。
周囲を淵に囲まれて南東に伸びる台地に築かれた城で、南から北へ本丸・二の丸・三の丸と配され、本丸と二の丸との間を堀切で区切っています。小規模ながら堅固な城です。
現在では登山道が整備されており、土塁・井戸・空堀などが遺構として残っている他、石碑が建てられています。本丸跡には稲荷神社があります。
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