沼田城:群馬県沼田市西倉内町
沼田城は、1532年に沼田顕泰によって築城された丘城です。倉内城と呼ばれることもあります。真田昌幸・信幸親子の居城として有名です。
北関東の重要軍事拠点として戦国時代末期には上杉氏・後北条氏・武田氏による勢力争いの舞台となり、1580年には真田昌幸の調略を受けて無血開城、沼田氏は滅亡します。武田氏滅亡時に滝川一益の所領となるも、本能寺の変に際して真田昌幸に引き渡され、以降には真田信幸(信之)など真田氏の所領となりました。しかし1681年に沼田藩が廃藩とされて幕府領になると、翌年には廃城となりました。
利根川と薄根川の合流点に当たる河岸段丘の台地に築かれた丘城で、川の側では断崖に面しています。
現在では本丸跡や二の丸跡などが沼田公園として整備され、西櫓台・堀・石垣などが遺構として残っている他、本丸跡に鐘楼が復元(鐘は沼田歴史資料館に現存)されています。二の丸跡には、旧生方家住宅(17世紀末頃建造)が移築されています。総曲輪の一部は、沼田小学校や沼田女子高校の敷地となっています。
市区町村の文化財