大多喜城:千葉県夷隈郡大多喜町大多喜
大多喜城(おおたきじょう)は、1521年に真里谷信清によって築城されたとされている平山城です。大滝城、小田喜城と呼ばれることもあります。
1544年に里見氏家臣の正木氏に敗北して以降、里見氏の支配下にありました。
1590年に里見氏が豊臣秀吉の不興を買うと徳川家康の支配下に入り、城主となった本多忠勝によって大改修を施されて近世的な城郭となりました。しかし、江戸時代前期以降には荒廃した状態となっていました。
夷隅山系や夷隅川に囲まれた丘陵に築かれた連郭式の平山城で、天然の要害に守られています。
現在では、土塁・堀切・水道水路などの遺構が残っている他、本丸跡に模擬天守(総南博物館)や大多喜城二の丸公園(二ノ丸跡とは別)があります。二ノ丸跡は大多喜高校になっており、敷地内に薬医門や大井戸が遺構として残っています。周辺の旧城下町には、江戸時代以来の建造物が点在しています。
都道府県の文化財