大津城跡:滋賀県大津市浜大津5丁目
大津城は、1586年に浅野長政によって築城された平城です。琵琶湖の浮城の1つに数えられています。
坂本城に代わる城として豊臣秀吉の命で築かれ、城下町も坂本城からの移転で整備されました。
1595年には京極高次(浅井長政の甥、豊臣秀吉の姻戚)の居城となっており、1600年の関ヶ原の戦いに際しては西軍に付くと見せかけながら東軍に転じて籠城しました。西軍の毛利元康や立花宗茂らの率いる大軍に包囲されて、堀を埋められ、本丸以外を焼失、約1週間後に降伏したものの、この大軍を決戦まで足止めすることに成功しました(大津城の戦い)。戦後にその功績を認められた高次が転封になると徳川氏の支配下に入り、翌年に膳所城が築かれると廃城になりました。
琵琶湖の南西端、坂本城の南に築かれた平城で、琵琶湖の水運や様々な街道が集中する水陸交通の要衝に位置しています。彦根城や膳所城の築城時には大津城の建築物が使用されたと伝えられており、彦根城の天守閣は大津城からの移築とされています。
現在では、三の丸外堀の石垣が遺構として残っている他、本丸跡に石碑が建てられています。