坂本城址:滋賀県大津市下阪本3丁目
坂本城は、1571年に明智光秀によって築城された平城です。琵琶湖の浮城の1つに数えられています。明智光秀の本拠として有名です。
1571年の比叡山焼き討ちの後、比叡山と京を押さえる拠点として、織田信長の命で築かれました。
1582年、本能寺の変で織田信長を討ち取りながらも、山崎の戦いで羽柴秀吉(豊臣秀吉)に敗れ、明智光秀が没すると、明智氏重臣の明智秀満が守る坂本城は羽柴方の堀秀政に包囲され、守将が火を放って自刃した末に落城しました。丹羽長秀によって修復され、翌年には浅野長政が城主となって城下町が整備されましたが、1586年に大津城が完成して長政が移転すると、廃城になりました。
琵琶湖の南西部に築かれた平城で、安土城・長浜城・大溝城と共に琵琶湖の水運を押さえています。ルイス・フロイス『日本史』では、安土城に次ぐ天下第二の城と評されています。大津城の築城時には、坂本城の石垣などが資材として使われました。
現在では、本丸跡が企業所有地に、二の丸跡と三の丸跡が市街地になっており、石垣などの遺構が残っている他、坂本城址公園が整備されて、石碑や明智光秀の像などが建てられています。