新発田城跡:新潟県新発田市大手町6丁目
新発田城(しばたじょう)は、新発田氏によって築城されたと考えられている平城です。菖蒲城(あやめじょう)、舟形城と呼ばれることもあります。
1581年に新発田重家が上杉景勝に対して反乱を起こしますが、1587年に鎮圧されて落城し、新発田氏は滅亡しました。
1597年に溝口秀勝の所領になって以降、17世紀半ばまでかけて再築城され、溝口氏の居城として使われました。
湿地に築かれた平城で、加治川を外堀に利用しています。切込接の石垣、櫓の外壁に海鼠壁(なまこかべ)を用いていること、三階櫓の丁字形屋根の各先端に飾られている鯱、といった特徴を持ちます。
現在では城郭跡の一部が新発田城址公園として整備されており、本丸表門と旧二の丸隅櫓(移築)が現存している他、本丸辰巳櫓が復元されています。城郭跡の大部分は陸上自衛隊新発田駐屯地となっており、復元された三階櫓(内部は非公開)が立っています。
国の重要文化財(表門、二の丸隅櫓)