末森城跡:石川県羽咋郡宝達志水町竹生野
末森城は、戦国時代後期に土肥親真(畠山氏の家臣)によって現在の羽咋郡宝達志水町竹生野(はくいぐん ほうだつしみずちょう たこの)に築城されたとされている山城です。末守城、末盛城と呼ばれることもあります。前田氏による越中支配確立の端緒となった末森城の戦いで知られています。
1577年に上杉謙信の侵攻を受けて降伏しますが、1580年に柴田勝家ら織田勢に降伏して前田氏の支配下に入りました。1584年には佐々成政に包囲されて窮地に陥りましたが、前田利家の救援によって勝利しています(末森城の戦い)。
1615年、一国一城令に伴って廃城となりました。
日本海を望む末森山に築かれた連郭式の山城で、加賀・能登・越中を繋ぐ交通の要衝に位置しています。
現在では登山道が整備されており、土塁・曲輪・空堀などの遺構が残っている他、石碑が建てられています。
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