駿府城公園:静岡県静岡市葵区駿府公園
駿府城は、1585年に徳川家康によって築城された平城です。府中城、駿河府中城、静岡城と呼ばれることもあります。徳川家康による駿府政権(大御所政治)で知られています。
同地付近には15世紀初頭に築かれて今川氏の本拠となっていた今川館がありましたが、1568年に武田信玄が駿河に侵攻した際に焼失しました。
1582年の織田信長・徳川家康らによる武田征伐の結果として駿河が家康の所領になると、1585年に駿府城が築かれ、翌年には家康が浜松城から移転して本拠地となりました。
徳川家康が1590年に関東へ移封されると一時的に豊臣氏の支配下に入りますが、1600年の関ヶ原の戦いを経て徳川氏の支配下に戻り、1605年に家康が将軍職を徳川秀忠に譲ると、家康の隠居城として大改修を施されます。家康は1607年に入城し、隠居の身でありながら実権を握り続けました(駿府政権)。
1624年には徳川忠長(徳川家康の孫、徳川家光の弟)の居城となりますが、1632年に忠長が改易(後に切腹)されると幕府直轄領になって、明治維新に至っています。
静岡平野の西部に築かれた輪郭式の平城で、3重の水堀に守られています。日本最大級の天守台は、豊臣氏支配下時代の建造とも、それ以前のものとも言われています。
現在では、本丸跡と二の丸跡が駿府城公園として整備されており、石垣や水堀が遺構として残っている他、東御門・巽櫓・坤櫓が復元(内部は資料館)され、徳川家康の像が建てられています。桜や紅葉の名所としても知られています。三ノ丸跡は市街地となっています。