諏訪原城跡:静岡県島田市金谷城山町
諏訪原城(すわはらじょう)は、1573年に武田勝頼によって現在の島田市金谷城山町(かなやしろやまちょう)に築城された山城です。諏訪之原城、牧野城、牧野原城、扇城と呼ばれることもあります。
遠江の支配を巡る武田氏と徳川氏との争いの中、最前線基地として、また高天神城の補給拠点として築かれました。1575年の長篠の戦いでの武田軍敗北に続いて徳川軍に包囲され、1ヶ月の籠城の末に守兵が撤退して落城しました。
徳川氏の支配下でも重要拠点と位置付けられていましたが、1582年に武田氏が滅亡すると必要性を失い、徳川家康が関東に移封された1590年頃に廃城となりました。
駿河と遠江の国境付近、大井川と東海道を見下ろす牧之原台地の北端付近に築かれた山城で、大井川に面する断崖に東側を守られており、「後堅固の城」の典型とされています。丸馬出や両袖枡形虎口といった特徴は武田氏の城によく見られるものですが、この城では徳川氏時代の改修によるものと考えられています。
現在では丸馬出・曲輪・井戸などの遺構が残っている他、二の曲輪北馬出の薬医門が復元されています。南麓には諏訪原城ビジターセンターがあります。
国の史跡