多気北畠氏城館:三重県津市美杉町上多気
多気北畠氏城館(たげきたばたけしじょうかん)は、1342年頃に北畠顕能(伊勢国司)によって築城された城館です。北畠氏8代の本拠であり、西の山中に築かれた北畠氏館詰城および霧山城と合わせて多気城と呼ばれることもあります。
1568年の織田信長の伊勢侵攻に際して、当主の北畠具教が大河内城に移って籠城したものの、翌年には包囲され降伏して三瀬御所に移されました(大河内城の戦い)。そして1576年に具教が織田信雄(織田信長の次男)に暗殺されると、多気北畠氏城館も羽柴秀吉(豊臣秀吉)らに攻められて焼き払われました(三瀬の変)。
現在では北畠神社(北畠顕能を祀っている)となっており、庭園や曲輪が遺構として残っている他、石碑や北畠顕家の像が建てられています。東には家臣の館跡である六田館(ろくたやかた 東御所とも)が、西には北畠氏館詰城と霧山城があります。