高崎城址:群馬県高崎市宮元町
高崎城は、平安時代末期に和田義信(和田義盛の子)によって築城されたとされている平城です。和田城と呼ばれることもあります。
和田氏の居城として、室町時代~戦国時代には上杉氏・武田氏・後北条氏の傘下と遷移しています。1590年、豊臣秀吉の小田原征伐の際に、前田利家や上杉景勝などに包囲された末に落城し、廃城となりました。
その後、徳川家康の命を受けた井伊直政によって再築城され、江戸時代初期には安藤氏によって大改修を受けて現在の高崎市の基盤となりました。1633年には、この城に幽閉されていた徳川忠長が自刃しています。
烏川に沿って築かれた輪郭梯郭複合式の大規模な平城で、関東の城らしく石垣をあまり使わない土の城です。
現在では高崎城址公園として整備されており、堀・土塁や乾櫓・東門(ともに移築)が遺構として残っています。桜の名所としても知られています。
都道府県の文化財