高天神城:静岡県掛川市上土方嶺向
高天神城(たかてんじんじょう)は、15世紀後半~16世紀初頭に現在の掛川市上土方嶺向(かみひじかた みねむかい)に築城された山城です。鶴舞城と呼ばれることもあります。「高天神を制するものは遠州を制する」と言われ、武田氏と徳川氏による争奪戦の舞台となったことで有名です。
戦国時代後期には今川氏傘下の小笠原氏の居城となっていましたが、徳川家康と武田信玄の駿河侵攻によって1569年に小笠原氏は徳川氏家臣となりました。
1574年に武田軍の攻撃を受けると、徳川家康や織田信長の援護を得られないまま、約60日に及ぶ籠城の末に降伏して開城しました。
1575年、長篠の戦いで武田軍が敗北すると、高天神城の補給拠点である諏訪原城も落城し、これ以降の高天神城は補給に悩まされることになります。1580年には徳川家康の築いた高天神六砦の包囲も加わり、武田勝頼の援護に期待できない状況の中、降伏を願い出るも拒否され、翌年には城主の岡部元信らが城を出て激戦の末に敗北、落城しました。
南に遠州灘を望む鶴翁山の急峻な尾根に曲輪を巧みに配した、土造りで堅固な連郭式の山城です。東峰の本丸と西峰の西の丸に二分された構成(一城別郭)が特徴です。
現在では登山道が整備されており、堀切・曲輪・土塁などの遺構が残っている他、展望台が設けられています。西の丸跡には高天神社があります。
国の史跡