徳島中央公園:徳島県徳島市徳島町城内
徳島城は、1585年に蜂須賀家政(蜂須賀小六の嫡男)によって築城された平山城です。渭山城(いのやまじょう)、渭津城(いのつじょう)と呼ばれることもあります。
築城当時、山上には渭山城(阿波守護の細川頼之が1385年に築城)が、山麓には寺島城(築城年・築城者不明)がありました。
羽柴秀吉(豊臣秀吉)の四国攻めで功績を挙げて阿波を与えられた蜂須賀家政は、まず一宮城に入り、渭山城と寺島城を取り込んで新たな居城を築きました。以後、蜂須賀氏の居城として、明治維新に至っています。
助任川と寺島川に挟まれる城山を中心として、連郭式の山城部と梯郭式の平城部で構成された平山城です。廃城となっていた勝瑞城の資材が流用された、との伝承が残っています。築城当初の天守閣は元和年間(1615年~1624年)に取り壊されたと言われており、その代用として東二の丸に御三階櫓が建てられています。
現在では寺島川は埋め立てられ、城跡の大半は徳島中央公園として整備されています。徳島中央公園には、表御殿庭園(上田宗箇によって江戸時代初期に造園)が現存し、石垣や堀などが遺構として残っていて、鷲の門が復元されている他、表御殿の跡地に徳島城博物館が建てられています。
国の史跡、国の名勝