富山城址公園:富山県富山市本丸
富山城は、1543年に神保長職が築城したとされている平城です。安住城、浮城と呼ばれることもあります。
1560年に上杉謙信の攻撃を受けて降伏し、1569年に越中一向一揆勢などに奪われたものの、1578年には神保氏の居城に戻っています。しかし、1582年の上杉勢の攻撃による敗戦を経て、佐々成政の居城となっています。
1585年に豊臣秀吉の包囲を受けて降伏し(富山の役)、破却されますが、前田利長が加賀藩主になると再建され、利長の隠居城とされました。
1609年には火災で主要部を焼失しましたが、1639年に富山藩が成立するとまず仮城に、1659年には居城になって、1661年には修復されています。以降、明治維新を迎えるまで富山前田氏の居城であり続けました。
北に神通川を置いた梯郭式の平城で、神通川と水堀によって2重に囲まれています。主に土造りの城で、石垣は本丸と二の丸の門にのみ使われています。前田利長による再建時に、聚楽第型の城郭となりました。
現在では本丸や西の丸などの一部が城址公園として整備されており、千歳御門(唯一現存する建築物)や水堀などの遺構が残っている他、模擬天守(富山市郷土博物館)が建てられ、その傍を路面電車が走っています。桜の名所としても知られています。
市区町村の文化財(千歳御門)、国の登録文化財(模擬天守)