津幡城跡:石川県河北郡津幡町清水り
津幡城は、倶利伽羅峠の戦い(1183年)に際して平維盛によって築城されたとされている平城です。
1351年には、南朝方の富樫氏春がこの城に拠って北朝方の桃井直常と戦っています。
1576年から一向一揆勢が籠城していましたが、1581年に柴田勝家ら織田勢に攻められて落城しました。
1583年には前田秀継(前田利家の弟)が城主となり、翌年には佐々成政を警戒して改修されています。1585年の豊臣秀吉による富山の役(佐々成政の討伐)が終わると、秀継は木舟城に移り、津幡城は廃城となりました。
金沢平野の北端、津幡川の近くの低い台地に築かれた平城で、加賀・能登・越中を繋ぐ交通の要衝に位置しています。
現在では、石碑や資料館(津幡ふるさと歴史館「れきしる」)が建てられています。