武田神社:山梨県甲府市古府中町
躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)は、1519年に武田信虎(武田信玄の父)によって築城された城館です。武田氏館と呼ばれることもあります。武田氏3代の本拠地として有名です。
それまでの本拠地であった石和館(川田館)から移転して、城下町も含めて京風の作りで築かれました。1520年には、館の詰城として要害山城が築かれています。
武田氏が勢力を拡大した武田信玄の時代には一貫して本拠地となっており、改修も受けています。信玄の後を継いだ武田勝頼は、1575年に長篠の戦いで敗れると移転を計画し、1582年には新府城に移転しましたが、同年の織田信長・徳川家康らによる武田征伐によって武田氏は滅亡しました。
本能寺の変の後には豊臣氏の支配下に入り、改修を受けて拡張されましたが、1590年に甲府城が完成すると廃城になりました。
甲府盆地の中央付近、三方を山に囲まれた相川の扇状地に築かれています。主に政庁として使われましたが、武田信玄の時代に連郭式平城へと改修され、枡形虎口や三日月堀を駆使するなど守りも堅固になっています。
現在では本丸跡に武田神社が建っており、水堀・石垣・虎口・井戸・天守台などが遺構として残っている他、境内の宝物殿には多くの展示物があります。