津山城跡:岡山県津山市山下
津山城は、嘉吉年間(1441年~1444年)に山名忠政(山名氏一族)によって築城された平山城です。鶴山城(かくざんじょう)と呼ばれることもあります。
美作守護の山名教清の命を受けた山名忠政によって築かれましたが、1467年に始まる応仁の乱で山名氏が衰退したのに伴って廃城となっています。この頃には鶴山城と呼ばれていました。
1603年に森忠政(森可成の六男、森蘭丸の弟)が津山藩の初代藩主になると、鶴山城跡で新たに築城を開始し、津山城と名付けました。完成したのは1616年です。
1697年に森氏が断絶すると、翌年に松平宣富が入城して津山松平氏が成立し、以後には津山松平氏の居城として明治維新に至っています。
南の吉井川と東の宮川の合流地点付近、鶴山に築かれた梯郭式の大規模な平山城です。出雲と播磨を繋ぐ出雲街道を押さえる交通の要衝に位置しています。宮川に面する東側の断崖や天然の堀となる2つの川など天然の要害を利用しつつ、特徴的な一二三段(ひふみだん 階段状の石垣)などの高石垣や折れ曲がりの多い登城路で防備を固めた、実戦的な城です。備中櫓を始めとして60基もの櫓を備えていることや、天守曲輪の中央に配された天守台も、特徴となっています。
現在では鶴山公園として整備されており、天守台・石垣・土塁が残り、備中櫓と太鼓塀が復元されている他、三の丸跡には鶴山館(1870年建造の津山藩学問所の移築)があります。桜の名所としても知られています。
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