羽衣石城:鳥取県東伯郡湯梨浜町羽衣石
羽衣石城(うえしじょう)は、1366年に南条貞宗(南条氏の祖、塩冶高貞の庶子との説あり)によって築城された山城です。
築城以来、南条氏の居城となっていました。16世紀前半に尼子氏が伯耆に進出してくるとその支配下に入り、1546年に武田国信(因幡武田氏、山名氏家臣)の要請で城主の南条宗勝が美作に移ったものの、1562年に毛利元就が出雲に侵攻すると毛利氏に服した宗勝が奪還し、再び南条氏の居城となっています。
1579年に南条元続(南条宗勝の嫡男)が織田信長の調略を受けて織田方に寝返ると、1581年には毛利方の吉川元春に攻められ、翌年に落城しました。しかし1584年には織田氏と毛利氏との和睦が成立し、南条氏の所領に戻っています。
1600年の関が原の戦いで城主の南条元忠(南条元続の子)が西軍方に付くと、戦後に廃城とされました。
羽衣石山の北と西の尾根に沿って築かれた連郭式の大規模な山城で、周辺に出城群を配しています。崖や巨岩(天然の塁壁)などの地形を防御に利用している他、石垣も各所に設けています。南の山には、吉川元春による城攻めに対抗して、羽柴秀吉が陣城の十万寺城(十万寺所在城)を築いています。
現在では登山道が整備されており、曲輪や石垣などが遺構として残されている他、模擬天守や展望台が建てられています。桜の名所としても知られています。