淀城跡公園:京都府京都市伏見区淀本町
淀城は、1623年に松平定綱(徳川家康の甥)によって築城された平城です。てん城、新淀城と呼ばれることもあります。
伏見城の廃城に伴って築かれ、譜代大名の居城として明治維新に至っています。
1868年、鳥羽・伏見の戦いに敗れた旧幕府軍は淀城に入ろうとしますが、城主の稲葉正邦が不在の中、留守居役に入城を拒絶され、城下町を焼き払って大坂城へ撤退しました。
宇治川・木津川・桂川の合流地点付近の湿地帯に築かれた、梯郭式の平城です。築城には伏見城の資材が転用されています。また、天守閣は二条城からの移築、その四隅に配された櫓(姫路櫓)は姫路城からの移築、と伝えられています。
現在では本丸跡が淀城跡公園として整備されており、石垣・堀・天守台などが遺構として残っています。