膳所城跡公園:滋賀県大津市本丸町
膳所城(ぜぜじょう)は、1601年に徳川家康によって築城された平城です。石鹿城、望湖城と呼ばれることもあります。日本三大湖城の1つに数えられている他、琵琶湖の浮城の1つでもあります。
1600年の関ヶ原の戦いで防御面の不利を露呈した大津城に代わり、琵琶湖南部の拠点として、築城の名手と言われる藤堂高虎の縄張りで築かれました。本多氏など譜代大名の居城として、明治維新に至るまで存続しています。
琵琶湖の南端近くに築かれた梯郭式の平城で、南に瀬田の唐橋を臨み、交通の要衝に位置しています。規模の割に多くの多層櫓や多門櫓を配しており、「瀬田の唐橋、唐金擬宝珠、水に浮かぶは膳所の城」と謡われました。築城には大津城の建築物や資材が転用されたと伝えられており、城門の中には大津城からの移築と推定されているものもあります。
現在では堀が埋め立てられ、本丸跡が膳所城跡公園として整備されており、石碑や模擬門が建てられています。桜の名所としても知られています。二の丸跡は膳所浄水場(模擬多聞櫓)になっています。
膳所城の本丸大手門
膳所神社:滋賀県大津市膳所1丁目
膳所城の本丸大手門は、膳所城で大手門として利用されていた薬医門です。現在では、膳所神社の表門として利用されています。
薬医門とは、一般的な門(棟門)の基本構成(冠木と鏡柱)に控柱を加えて強度を増した、平屋の門です。軒丸瓦には、本多氏の家紋(立葵)が入っています。
国の重要文化財
膳所城の北大手門
篠津神社:滋賀県大津市中庄1丁目
膳所城の北大手門は、膳所城で北大手門として利用されていた高麗門です。現在では、篠津神社の表門として利用されています。
高麗門とは薬医門を簡略化した平屋の門で、冠木に被せる屋根を小型化しつつ控え柱にも小さな屋根を被せたものです。軒丸瓦には、本多氏の家紋(立葵)が入っています。
本殿は、膳所城主の本多俊次によって1661年に造営されたものです。
国の重要文化財
膳所城の南大手門
鞭崎神社:滋賀県草津市矢橋町
膳所城の南大手門は、膳所城で南大手門として利用されていた高麗門です。現在では、鞭崎八幡宮の表門として利用されています。
高麗門とは薬医門を簡略化した平屋の門で、冠木に被せる屋根を小型化しつつ控え柱にも小さな屋根を被せたものです。軒丸瓦には、本多氏の家紋(立葵)が入っています。
境内には、本殿(河合神社の旧本殿を1837年に移築)や拝殿といった建築物もあります。
国の重要文化財(表門)