十二貫野用水第一分水跡
十二貫野用水の第一分水は、十二貫野湖に向かう本流と龍ノ口用水に分水するために設けられました。分水口の広い方を大口、狭い方を小口といい、その幅は下流の灌漑面積に応じて決められています。現在の幅の単位は「mm」ですが、昔は「毛」が使われていました。 1毛は、約0.03mmになります。
現在の第一分水付近は暗渠化され、暗渠の上は管理道となっています。
龍ノ口サイフォン跡
龍ノ口用水は、十二貫野用水の分流で、深い谷を越えて栗寺台地に水を通すため、伏越の理(サイフォンの原理)を応用していることで有名です。通水管は、金屋石と呼ばれる凝灰岩を繰り抜いて作られ、継ぎ目は水漏れしないように「松やに」「樋わた」「テレピン油」を練り合わせて接合していたようです。流入側の下げ管の高さは32.7mで、流出側の上げ管の高さは30.9mという大規模なもので、吐き出し口から吹き出す水が、龍の口から水を吹き出すのに似ていることから、龍ノ口用水と呼ばれるようになったそうです。
付近には、石管の展示施設や、龍ノ口用水第一分水などがあります。
十二貫野湖
十二貫野湖(県営中山ため池)は、十二貫野用水の水を貯めていた13か所のため池を統廃合し、1999年(平成11年)に完成しました。十二貫野湖の脇には、十二貫野用水の石碑や、龍ノ口用水の石管の展示施設などがあります。十二貫野用水の石碑の後に見える山は、立山連峰の南端にある僧ヶ岳です。
石管の展示施設では、実際に使われていた龍ノ口用水の石管が多数、展示されています。中には、泥抜き用の穴が開いた龍ノ口サイフォンの石管も展示されています。